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「存在の響き」

メルマガ寄稿文の転載です。


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★ペンギン瓦版★
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「存在の響き」について。

レパートリー公演を観つづけていると、ぶっちゃけ、ストーリーなんてどーでもよくなりませんか?

僕の場合、レパートリー公演に限らず、他の芝居でも映画でも、ストーリーにさほど興味を惹かれません。

じぁ何を観てるのかというと、俳優の「存在仕方」。
その人間の状態とか、世界との関係の結び方ですね。

存在は、当然、何かしらの文脈(ストーリー)の内に有るものですが、それは必要最小限だけ分かればいいや、という感じです。

ちょっとオブジェを観賞するのに似ています。

そもそも、あらゆるモノは、雰囲気として何事かを語っているのですが、芸術ジャンルとしてのオブジェ作品とは、質の高い「考え」が込められたモノのことを指します。
この「考え」がモノの雰囲気を形作り、バイブレーションとなって観る者の心を揺らすのですね。

そして俳優とは、いわば「生きたオブジェ」です。

先日の稽古のときに、面白い経験をしました。
ある俳優がモノローグを語り出しました。とても小さな声でした。そのうちに、言葉とは違う「声」が聞こえて来ました。いや、聞こえるような気がしたのです。
僕はそれを「存在の響き」と名付けました。
つかみどころのない「声」でしたが、この「存在の響き」は、彼の何を信じているかを告げ知らせている、そう僕に思われました。

しかし、これは稀なこと。なかなか難しい。俳優は、最良の場合のみ「生きたオブジェ」に値するのです。

たぶん、その為には、俳優は恥ずかしげもなく素直に、企まず、開かれて「存在」しなければならないでしょう。

ペンギンは、「存在」を響かせたいと願う今日この頃です。


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