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つぶやいて五たび‥‥

「いっちょバカを
 ヤらかすかぁ」

自暴自棄、ではありません。

僕らの劇団には「バカ」の稽古(という一過程)なるもんがある。
ウチの劇団員が、時としてバカに見えるのは、ま、稽古中(とばかり言えない?)だと思って見て見ぬフリして下さい。

えー、バカ、という言葉はいろんな使われ方をしますが、たぶん僕らの稽古では「分かれない人」ぐらいの意味だと思う。
そーゆーバカな人になる稽古。
脳みそ神経を、そーゆーバカな状態にすると、分かりたい(コレは必要)のに、分かれない。
なんだかアタマに隙間ができちゃって、そこから何かが抜けてる感じだ。

でもなぜ?そんな稽古を?

ドラマの基本構造には、「お互いに分かりあえない」というカタチがあります。

アニシモフが喩えでよく言うんですが、
AとBが舞台に出て来て、
A:オマエこれ分かるか?
B:うん分かる。
キミはあれ分かるか?
A:ああ分かるよ。
B:そうか。
幕おしまいジエンドFin3秒
ドラマになりません…

俳優は舞台のうえで、物分かり悪くてよろしい。
バカチンでよろしいのである。

アニシモフはまた、ちょっと違った意味で
「舞台でバカに見えるのを恐れるな」とも言います。

自分を賢く見せたいとは、俳優の密かに願うところです。
いや、人情か。
でも優れた戯曲ほど、人物はバカチンに描かれているものです。
そもそも人間の実相がバカチンなのだ。
そしてホントウの賢さは、そのバカチンさと不可分なものであるはずなのだが。
とかいって、、本当は僕、ホントウの賢さが何か知りません。あれれ。
書いたものの、本当はイメージすら出来ないちゅーねん。

さておき、僕らはバカになれバカでいいよと言われているのですが、、
これって、あっそう、ナンカ自由だなぁという感じ、しますよね。
実際、これは自由なことです。
ただ、ちょっとだけ勇気がいるんですね。
自由のリスク、当然です。
だから僕らは、稽古を通じて、退屈な自己防衛の解除をするのですなぁ。

ペンギン

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