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夕焼けドクロと一匹の魚

以下は、ある経験からの記録。
………

夕焼けドクロは思いました。
汚れた体をオレンジで焼こう。
呪われた心をオレンジで焼こう。
夕焼けドクロは空っぽでした。
その空っぽを荒野の太陽が飲み込みました。

ジリジリと上昇し、あるいは下降しました。
どちらでも同じでした。
どちらにしてもオレンジ色の夢なのでした。
熱い夜を飛び越えるころには、
すべてを忘れていました。

夕焼けドクロは朝日のなかに立っていました。
彼は乾いた虚ろのままでした。
けれど、その虚ろの腹の内には、
天と地の間にぶらさがるようにして、
一匹の魚がありました。

この魚は呼吸もままならずに苦しんでいました。
空無にあって、はちきれそうでありました。
夕焼けドクロは願いました。
魚に海を与えたいと。
海に魚を与えたいと。

………

ペンギン
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つぶやき最終回

「“おいで、永遠なるものよ“」

以下は、ある冬の記録。
…………
雪、降りましたね。
深夜、バイトの帰りに中野を歩いていて、あんまり静かなので「ああ、世界は終わってしまったんだな」と錯覚した。
雪は街の喧騒をしずかにし、人々のこころをしずかにする。そして
悲しいかな、私はロマンチストになっている。あるいは、
「突発性悲しみマシーン症候群」だろうか?
そんなわけで、以下、何を書こうが許してほしい。

うすく積もった雪に泥跡をのこしながら、
私は私の原風景へと歩いていた。

地平線から、音楽が聴こえてくる。重く、イカレタ音楽だ。
私は、壊れたコンピュータのような世界を歩いていた。
真っ白。
めくってもめくっても白紙のページが無際限に続く本のようなところ。
動くものは、どんな微小なプランクトンさえ存在しない。
私は、歩いていた。ここでは、
私は私自身でさえないだろう。
あの地平線まで行けば、どうなるだろう?そのとき、私は
誰だろう???
とにかく、私には音楽が聴こえている。
それだけが、私の「真実」らしかった。
やがて、地平線は熱を帯びて……

駅のホームに着いても、雪はしきりに降っていた。
ときどき風に舞って迫ってきた。
今夜、幾億の雪がこうして降るのか?
そうして何を埋葬するのか?と、ぼんやり思った。

沖縄からやって来た友達は、雪をみて
「不思議だ。まったくもって不思議だ。」とつぶやいた。
確かに。
雪の一片一片を眺めているとそう思う。
奴等は、空にある雲という天井裏から飛び降りて、
ときには触れあって一つになり、
あるいは音もなく別れたりして落ちてくる。
(一度も触れあいも別れもしない孤独な雪があるだろうか?)
私の頬や肩にまで落ちてきた雪は、そういう
私の知らない旅をしている。

電車のなかは人が少なく、誰も口をきかなかった。
コートに手を入れて、ただ寒そうにしているだけだ。
窓が曇っていてどこを走ってるのか分からなかった。
私は想い出に落ちていた。

私は愛する人と歩いていた。
「さ、ぶ、いー」
「うん、さっ、ぶっ、いっ」
雪が降っていた。そのときも、私たちは雪を泥に変えながら、無残に歩いていたはずである。
けれども私は気に病まなかった。その必要は無かった。
私はただの幸せな男であり、そのように歩く権利があった。
彼女は、うれしそうに雪を見上げている。
雪に反射して、唇が輝いていた。
そして、マヌケな顔をしていた。
「おおおおおお、寒ぶっ」
「おおおおおお、寒ぶっ」

夜明けには、すべてが埋葬されるだろう。
私の街、私の生活、私の想い出、全部。
それは、輝く光景だろう。
私はそれを期待し、また憎しむ。
いや、違う、分からない。私にはその先が分からない。
むかしから、私にはその先が分からないのだ。
私は「それ」がやってくることを知っている。
けれど「それ」は決してやってこないのかもしれない。
もしかしたら、「それ」は私の思いも拠らないところからやってくるのか?
いまは、そんな気がしている。
だから、私はときどきこう呼びかける。
“おいで、永遠なるものよ”

吉祥寺に降り立つと、駅前では雪合戦が始まっていた。
転げ廻り、雪にまみれる一群をみて、
雪は、ああ楽しむのが正しいんだな、と思った。
ただうれしそうに雪を見上げる人のように……

………

ペンギン
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