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二週目のつぶやき

今週のつぶやきは
「この公演を
僕の『事件』
にしよう」
でした。

この言葉も、アニシモフ語録からの転用です。
「銀河鉄道の夜」の稽古を始めた頃に、彼がこんなことを言っていました。
「いつも私は私の仕事が自分にとって『事件』になるように努めます。
この仕事も、すでに私には『事件』です」
アニ語録のなかでも、強力なひとつだと思います。

また、これを聞いて僕の思い出すことがある。
高校の国語の授業でしたが、誰だか作家の年譜を扱ったとき教師が述べた言葉。
「自覚的な人間(作家)の人生は、そのときどきの彼個人的な事件(作品を含む)によって、それ自身いわば発展的なストーリーとして捉えられるものとなる。」

これらの言葉は、個人的な「事件」を沢山持つと、人生は魅力的になるんだよ、と言っているように僕は感じるんですね。

しかも、何かを自分にとって事件化することは、アニシモフの言うように、ほとんど能動的にやることが出来るんです。これが自覚的という意味でもある。

でもさて、なぜ事件なんでしょうか?
何かを「事件」だと認識することは、完全には能動的にやれない。
事件というには、どこか、手に負えない何か、個人を超えた何かが必要だからです。
でもだからこそ、その個人的「事件」には、彼の感動があって、彼の人生に魅力を与えてくれるのだと思います。

自分の人生に「事件」を持つことは、自覚的に生きる故に人生に非知を舞い込むような出来事だ。
そして、それは素晴らしい。

この「事件」には、そんなニュアンスがありますね。

ペンギン

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今週のつぶやき

「例えば公園
のような場所は、人々を
ちょっとずつやさしくする

この劇場も
そーありたい」

というのを、今週のつぶやきとして、先週の公演時に劇場階段に掲示しました。
気付いた人いますかね。

この言葉の出所は、やっぱりアニシモフです。
彼は、新宿近辺に宿をとるので、代々木公園によく出かけるそうです。
というか、朝二時間くらい散歩する習慣を持っているとか。
それで、いつだったか何かのときに話していたことです。

僕も実は、井の頭公園そばに住んでいるので、公園を歩くと、そのことをよく思い出すんですね。

そのときの通訳は、遠坂先生だったと思いますが、「ちょっとずつ」というのがまた、なんとなくイイんですよね。

ペンギン

ガツガツしている

「俳優の芸術は、彼の魂の美しさに実質を持つ。」
とは、以前アニシモフが言ったことである。

けれど、僕も美しい魂を持ち、いい演技をするゾとか思ってると、いつの間にか僕、眠くなってしまうんですよ。

そんなわけでこの言葉、言い替えてみる必要がある。
たとえば、「俳優の芸術は彼の渇望の大きさに実質を持つ」とか。
こちらの方が、僕に少しはリアルだ。

もちろんこれは足りない言葉かもしれない。たぶんそうだ。(渇望は魂の美しさのひとつに過ぎない)

でも、問題はおそらく語感にあって、「魂の美しさ」なんてのは、より完成された俳優にこそ相応しいと思ってしまうんですね。

そして、どうやら僕はガツガツしていたいみたいです、今のところは。

ペンギン


宿題

アニシモフがロシアに帰りました。
あー、終わった。
いや、第四シーズンは始まったばかりですけどね、とりあえず、ハードスケジュールは終わりましたよ。

二か月と三週間、僕らは新作「銀河鉄道の夜」と既存六作品の稽古に取組みました。
実質的には、七つの<新作>を作ったようなものです。
また、アートサロンやらクレイジー倶楽部の発足など、僕らの演劇以外での重要な文化的活動もありました。

僕ら、自分で自分をホメテあげたい。うん、尊敬しちゃう。
しっかーし、だよ。

しかし、のんびりもしてられないかな。
第四シーズンの新しい試みは、確かに作品を変えました。
高い段階に入っちゃった。
つまり、なかなか満足いくようにはいかない。
こんなこと言うのはアレですけどね、ま、個人的アレです。なんのこっちゃ。
とにかく、アニシモフの置いていった宿題は、結構大変だったりする。
今期は特に格闘のシーズンになりそうです、ま、個人的なアレですが。

以上、いつもながらどこか不親切な書き込みですが、ぼちぼちやっていきますよ。

追伸
アニシモフは次回二月来日予定。すぐじゃん!

ペンギン

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