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投げ入れられた石/SO0222

2/22(木)の昼、「曾根崎心中」を観ました。

この日のお初・徳兵衛は三浦・佐藤の組でした。

佐藤は、今シーズンからの徳兵衛役ですが、その時の稽古風景は、とてもインパクトがありました。

彼は、この悲劇的作品に、不思議な喜劇性を持ち込んだ。
それは他の組、キャストにも結果的に良い影響を与えていたと思う。
作品をひとつの池とすれば、そこに(佐藤という)大きな石を投げ入れることで水面が賑やかに活気づいたみたいだった。

しかし、そうした稽古のあと、この組は公演ではずいぶん苦戦していたみたいです。

僕はまともに観劇する機会がなかったのですが、側で様子をみていて、それが伝わってきた。

さて、そこで今回の上演です。
だいぶ落ち着いてきたのかな、と思った。
全体にも抑えた演技だったと思う。
何だかお初、徳兵衛、九平次が、近所(下町)の姉ちゃん兄ちゃんオッチャンにみえて
「親しさ」を感じるところがあった。
独自な良い関係が築かれつつあるのかもしれない。

池は池底を巻きあげ濁っていた。
今、水は澄んできた。
投げ入れられた石からは、次にはミネラルが溶け出して、池の味を深めている。


byペンギン
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カナリヤ記憶喪失/SK0208

2/8(木)の昼、「桜の園(劇団京)」を観ました。
とてもくつろいだ上演でした。
俳優が演技を楽しんでいる。自由闊達といった感じだった。

まず思ったのは、演技が演技に見えない、ということだった。
何だかとてもレベルの高い「エチュード」(即興的な演技練習法のひとつです)を見ている気がした。
様々な心情の機微のつらなりをもって、たゆまず時間がつづいてゆく。
面白いことが起こっているぞと思った。

けれど、、

と言わざるを得ないのですが、僕はこれをどう評していいか分からなくなってしまった。
観終わって、何処にもたどり着けなかった、という気がしてしまったのである。面白かったのに。
僕は疲れていたのだろうか?

こんなイメージがやって来る。
枝にカナリヤが止まっている。それは美しい鳥で、鳴き声もいい。
僕はいつまでも見ている。飽きずに聴いている。
やがて、ふと、いつ飛び立つのかな、と思ってしまう。

ここで、身勝手な想像をすれば、カナリヤは羽根に問題があったわけでも、まして置物だったわけでもない。
たぶんは、鳴くことに夢中なあまり、少しの間の記憶喪失のように、飛ぶコツを忘れただけなのだ。

鳴くことと飛ぶこと。
どちらがより鳥の本分か。
ここにはデリケートな問題があると思う。
しかし、デリケートな問題にぶつかっていること自体は、悪いことではないと思える。

byペンギン

心中ドラマ/SO0204

2/4(日)の夜、「曾根崎心中」を観る。
好演である。
今回のお初・徳兵衛は中澤・上世の組だったが、この組はいつも「ドラマ」を見せてくれる。
作品のもつ人間ドラマ性、いまの我々と地続きの人間のドラマである。
そこには、我々と同じ内面(奥行き)をもつ人間がいるということである。

また、「台詞のちから」というものを、幾つかの場面で感じることが出来た。
例えば、徳兵衛が最後にあたって、自分の親方のことを振り返り想うときである。

その少しの台詞に、すべてが見える思いがした。
言葉の情報以上の、いろいろな風景が展開されて伝わって来るのである。
スタニスラフスキーのいう「ヴィジョンを伝える」とはこうかと思った。

見習いたいものである。


byペンギン

堅実・妄想・冒険/SP0201


2/1(木)の夜、「桜の園(PAT)」を観ました。
堅実な公演、といった印象でした。
PATのメンバーは、他劇団での経験者も多く、なかなか達者もの揃いなのです。

もちろん今日までの道のりは簡単ではなかったでしょうが、この日の公演を観ると、
皆さん一歩一歩と役を掴みつつ、自分の地所をもった演技をしているなぁと、僕なんかは思いました。

ところで、「桜の園」ってどんな作品なんでしょう?

唐突なようですが、実はこの作品、僕によくわからない。というか、僕に未知の感じを与えるんです。
いい上演なら面白いし、何かを感じたりするし、話も複雑ってわけじゃないし、むしろ単純だしするけれど、ホントのところ、これはどんな作品なんだろうと、時々考えてしまうんです。

なにか、まだ誰も観たことのない「桜の園」があるのじゃないか。
そこには、僕等も知らない質の感動が隠されてないか。そんな妄想が浮かんでくる。

まあ、もしかしたら、作品は既にすべてを語っていて、僕に何も見えていないだけのことかもしれないけれど、、

ただ言えるのは、僕等の「桜の園」はこれからも成長する。まだまだ冒険が残っている。
けれどまあ、わかるところから始めなければなりませんね、いつものように。
僕等は常に新しい発見を志す身であり、又、じっさい発見してはいますが、亀のようにしか歩いていけないのですから。

でも、だから僕は思います。だから、あなたに観に来てもらいたい。冒険を少し助け、亀の歩みを少し早めてもらいたいと。
舞台にたいして、観客はチカラを持っています。それは意外なほど大きなチカラなのです。

僕は、まだ見ぬ「桜の園」が観たい。
そして、それは馬鹿げた話ではないと信じてみたい。
あなたは、どう思うでしょうか?


byペンギン
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